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理系は経営者になりたいの?

社長

4月6日付け日経新聞『領空侵犯』コーナーに

 >『 「理系軽視」に異論あり 論理的思考力あるトップを』

という記事が載っていた。

作家の鈴木光司氏が経営者や高級官僚など組織のリーダーにみられる文系優位を批判。
理数の素養を学び「論理力を鍛えるべき」と主張している。

文系が理数の素養を学び「論理力を鍛えるべき」との主張は同意できる。
逆もまたしかりで、理系は文系の素養を学ぶべきであろう。
最終的には文理融合が望ましい。
そこに異論はない。

ただ、一か所引っかかった。筆者の論点とは少し外れたところではあるが、
文系優勢への懸念。
理系には「企業のリーダ(経営者)」「政治家」「官僚」に占める割合が小さく、それは社会が理系を軽視している(正当に処遇していない)からだという点である。

そもそも理系の人は「経営者」や「政治家」「官僚」になりたいのだろうか?
もっといえば理系・文系に限らず「経営者」「政治家」「官僚」がいま目標になり得るのだろうか?
論理力があるばかりに、「経営者」「政治家」「官僚」に魅力を感じていなかったりしないだろうか?

だいたい「経営者」「政治家」「官僚」なんてものはやりたいことをなす為のいち手段であって、目的ではない。

経営者に限って言えば、
この文脈ででてくるときの「組織のトップ」は大企業の経営者のことだろうが、
大企業は日本企業全体の1%にも満たない。
理系が”なりづらい”とされているのはある特定の既存組織のことであって、
既存組織の経営層に食い込むことは大変でも、
経営者になることは理系であろうが文系であろうが誰でもやる気になればできる。

仮にベンチャー経営者だとしても、なんら文理に区別はない。

大事なのは何をやりたいのかであって、どこで、どの立場でやれるかではないはずだ。

連動企画の日経ネットPLUSの記事中(会員サイト)でソフトブレーン創業者の宋文洲氏が議論の中で触れているように、

>「何でもその社長は「工学博士の経営者は必ず会社をつぶす」が持論で、工学博士の会社の案件は絶対に通さないそうだ。」


と宋文洲氏が過去経験した理系経営者への偏見のようなものもあるかもしれない、しかし日本の外にでれば、逆に工学博士をもたない、技術会社の経営者は相手にされなかったりすることもあるから、理系だから経営者(企業のリーダー)になれないということはない。

逆に組織のリーダにならなくても、

・研究者として新しい発見をすること。
・技術者として画期的な製品仕様を産み出すこと。
・教育者としてアカデミックの場で次代の研究者を育てること。

理系の人のモチベーションがどこにあるかは色々だろう。

 >「経営者」「政治家」「官僚」の世界で幅を利かせないと。

こうした考え方自体が、文系的な価値観であり、
ともすれば将来を考える理系の方(もしくは理系を目指す人)の思考停止を招く原因になってはいないだろうか?

世間的に認められる立場にどうやってハマるかを考えるのではなく、
やりたい足場を自らつくるぐらいの気概を理系の人がもてることが大事ではないだろうか?

もちろん筆者である鈴木光司氏は、

 国をドライブするのは「経営者」「政治家」「官僚」であるから、理系の素養をもち視野を広げるべき

との考えで3職種を挙げているのではあるとは思うが、

「経営者」「政治家」「官僚」の文理割合の偏りを、社会が理系軽視するのが原因であるとし、かつ問題だとしてしまうことは、なにか違う気がした。

うまくまとまらないな。

・まずは「経営者」「政治家」「官僚」の職に(その職でできることに)魅力を感じられなければね。
・でも「経営者」「政治家」「官僚」そのもので幅を利かすことに大した価値はないよね。
・理系の人は世間の価値観に縛られことなく、やりたいと思うことをやれるステージみずからつくりだせばよいのではないかな。せっかく身につけた理系の素養があるのだから。

こんな考えは大きなお世話「領空侵犯」かな。


関連エントリー
職の魅力。磨いて伝えていかないと。
サイエンスコミュニケーションするのはいつまでどこまで?


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2009/04/07 00:47 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(1)  TOP

コメント

No title

はじめまして。
私も日経に掲載された鈴木氏の意見に違和感を覚え、ネットを検索したところ、このブログに辿り着きました。

私は、鈴木氏の根本的な思い違いは、「文系」「理系」の二分法にあるのだと思います。この二分法を前提として議論を進める限り、有意義な議論ができるとは到底思えません。

私は、現役の大学生で、現在、就職活動中ですが、「理系だから」「文系だから」といって自分の職業を選択される方は少ないように感じます。もちろん、大学での専攻と職業のリンクを意識している人はいると思いますが、自分のアイデンティティを「理系」「文系」には見いだしていないと思います。恐らく今の学生からしてみれば、鈴木氏の考えは現実から遊離したものに感じられると思います。

ただ、こうした論考が日経に載るということを考えると、一定の年齢以上の方には、鈴木氏の考えがリアリティを持って感じられるのかもしれません。

どうせ「領空侵犯」をするなら、「理系」「文系」なんかにとらわれず、もっと大胆にやってもらいたいものです。

No:36 2009/04/07 15:16 | ken #ZgvURKxI URL [ 編集 ]

Re: No title

Kenさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。
現役の大学生の生の声が聞けてうれしいです。
トラックバックして下さった「若だんなat新宿」さんと合わせて
私の中の違和感が整理されたような気がします。

・「経営者」や「政治家」「官僚」で幅を利かせることを良しとする価値観。
・「理系」が「経営者」や「政治家」「官僚」を望むのになれないとする前提。

どちらも同意できないが、
この二つをごっちゃで考えていたからまとまらなかったみたいです。
おかげですっきりしました。

で、私は文系の大学をでて、理系のSEになり、独立して今は理系を雇って(パートナーの意味合いが大きいが)、理系の会社を経営していますので私自身も「文系」「理系」の二分法ではどちらとも言えないですね。
ソフトウエアは比較的分離融合な世界だと考えています。

ただ、学生の時点で
>「理系だから」「文系だから」といって自分の職業を選択される方は少ないように感じます。
こう思えるほど、いまの大学は、カリキュラム自体も融合になってきているのでしょうか?
それとも就職先の企業側がこの辺を気にしなくなっているということでしょうか?
であるならそれはそれで望ましい形に思えるのですが。

No:37 2009/04/08 01:39 | M322 #- URL編集 ]

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