なんとかリテラシーは誰のため?

リテラシー

カソウケンさんが「なんとかリテラシー」で呟いていた。

「私の中で「科学技術リテラシー」「科学リテラシー」が「全国民」にとって必要! という理由づけが、未だに見つかりません。理屈抜きの直観では「あったほうがいいよね」と感じているのですが。」
カソウケンの科学どき技術どき「なんとかリテラシー」


理由付けは私も見つからないが、折にふれて思うことはある。

先日参加したJST社会技術研究開発センター 第2回シンポジウム「科学技術と社会の相互作用」での林真理工学院大学工学部 教授の発言をうけて、

市民のための科学技術といっても、そもそも「市民が中心にならなくてはならないのか?それは自己責任の過度な強調なのではないか?」の問いかけがあった。
 (結局これにたいする議論はなかったが)
さまざまなリテラシーが叫ばれている現代、確かに最低限と言いつつ、
市民が賢くならなくてはいけないって言う考えも専門家目線と言えなくもないと感じた。

Bサイエンスコミュニケーション「科学技術と社会の相互作用」第2回シンポジウムに半分だけ参加してきた」


こう感じてたところ。

で、なんとかリテラシーは全て世のため人のためなのかと考えてしまうと確かに色々疑問もでてくる。それはこんなことなのかなと。
↓↓↓
これまた以前のエントリーでも触れた『合理的無知』

 >「合理的無知」とサイエンスコミュニケーション(Bサイエンスコミュニケーション

そもそも人は『合理的無知』なもの。

なにもあれもこれも知らなくてはならないものではない。

非常に穿った考え方かもしれないが、
リテラシーは必ずしも使う側のためだけではなくて、
リテラシーを持ってもらうほうが都合が良い側のためでもある。
と考えると腑におちることもある。

例えば情報通信に関しては一般の人から見れば専門家の側にいる私がITを”判り易く伝える”活動をする場合二つの目的があって、

一つは純粋な気持から

・IT知識があればもっと楽できるのに。
 →便利な方法を知ってみんなで楽しましょう。
・IT知識がないといろいろ騙されちゃうよ。
 →知識をつけて変なことに巻き込まれないでね。

と考えてやっている面と。(地域コミュニティーのおばちゃんや、子供たちにたいして)

ビジネスとして

・IT素養がなければ、このシステムの有用性も伝わりにくいな。
 →最低限の知識は知っておいて貰わないと。

顧客やステークフォルダーを自分の土俵につれてくるための面もある。

※この辺に触れるとアカデミアな方面には受けが悪い。

サイエンスコミュニケーションにしろなんちゃらリテラシーにしろ、
非常に遠まわりではあるが、自身のビジネスを広げるためのツールや手段として使っている面もある。
いわゆる「欠如モデル」的なものといえなくもないが、
この場合においては「空っぽな市民」に教える-教わるの教室談義ではなく、
伝わる状態になってもらうための営業活動の一環(これは言いすぎか)。
※「欠如モデル」はここに簡単に整理されていた。
もちろん騙すとか楽しみを強要するとかではなくて、最終的には顧客のためになる形になることを基本としてはいる。
都合の良いいい方をすれば、利己的な行動が結果として利他的になるイメージ。

なんとかリテラシーが出てくる背景には、そのリテラシーが必要とされる何かしらの社会問題が発生しているとと同時に、そのなんとかリテラシーが使う側にないと困る人たちがいる。
国からすれば、国民がなんとかリテラシーもっていないとそれだけセーフティーネットとしての社会サービスを用意しなくてはならなくなる。これはかなり不経済だし税金がそれだけ余分につかわれることを意味する。
今まさに猛威をふるう新型インフルエンザにしても、人々に基礎的な知識あるなしで、風評被害の防止策やパニック防止策へにかける予算もリソースも変わってくる。
こうした非常に大きな目的をもった発信から、ビジネス的な発信もある。

だから、使う側から見た場合は、若だんなの新宿通信さんが「リテラシーとはなんぞや」でおっしゃるように。

非専門家分野のことに対しては、数あるリテラシー情報から自分にとって必要な情報をピックアップ出来る力を持つことを前提に、

「つまり、訳のわからない言葉にだまされないという気持ちがあればいいんじゃないの?」
若だんなの新宿通信「リテラシーとはなんぞや」


で良いのではないかな。

まとまらないが、

「全国民」にとって必要! という理由づけを考えるとゆき詰まる。
無人島ではITリテラシーより食べられるキノコリテラシーや釣れ易い魚リテラシーが必要になる。

発信する側の目的や思惑はいろいろある(これについては否定しない)から、
受け取る側は自身が幸せになるために情報を取捨選別できる知識をもてれば良く、
国はその手段や情報が遍く届くように整備(教育含めて)する。
こんな感じでしょうか。

ビジネスから離れた私個人がの科学リテラシーを学ぶモチベーションはカソウケンさんのおっしゃるところの

 3)純粋に楽しむ,遊べる科学技術(アートと同じように)

これですけどね。

関連ブログ
「なんとかリテラシー」カソウケンの科学どき技術どき
「リテラシーとはなんぞや」若だんなの新宿通信
「第78回 さて、わたしたちはどうすべきか? まず、ここまでをまとめてみると…●いよいよ最終章!いままでのふりかえり」MAJIBIJI世代のための政治リテラシー講座
「サイエンスコミュニケーションを学ぶ(10) サイエンスコミュニケーションの歴史(英国編)<7> 欠如モデル 」サイエンスコミュニケーションと英国生活

関連エントリー
「科学技術と社会の相互作用」第2回シンポジウムに半分だけ参加してきた(備忘録)
21世紀の科学技術リテラシー第2回シンポジウムに参加してきた(備忘録)
「合理的無知」とサイエンスコミュニケーション
「メーラだえもん」なんてきいたことなかったもん。
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「伝える」のではなく「伝わる」
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2009.05.06 08:33 Science and Communication
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