サイエンスコミュニケーションぐらいは付きあってもよいけど?

工学

(独)科学技術振興機構は、日本学術会議、文部科学省、日本学術振興会、ユネスコ国内委員会と共同主催にて開催されたシンポジウム

 「ブダペスト宣言から10年 過去・現在・未来* *-社会における、社会のための科学を考える-

著名な登壇者の特別講演(だらけ)やパネルディスカッション。

表題通り、「社会における、社会のための科学」について参加者が考えるシンポジウム。

そんなシンポジウムでの会場からの発言。

 社会のための科学というが、
 工学系の研究者は低炭素社会や持続性社会のためだけに研究をやっているわけではない。
 そもそも「ブタペスト宣言」なんて知っている研究者がどれほどいるのだろうか。
 サイエンスコミュニケーションぐらい”ならつきあってもよいが、
 社会における、社会のための科学を意識している工学研究者は少ない。


実際はもう少し長かったものの概ね上記の内容だった。
少々極端な発言にも思えたが、彼は彼自身の考えというより、自身が所属する大学(工学系)全体が持つ感覚として紹介していた。
発言に対して会場からわずかながら拍手があったことからも、少なからずこうした考えでいる方もいるのだろう。

工学一つとっても分野は幅広いし、現場の事情、研究者個々人の価値観、さまざまであり、
「社会における、社会のための科学」を標榜するブダペスト宣言に向かって全員が同じ方向を目指せるかというとそれは難しいのだろう。

「社会における、社会のための科学」に対して学術界が一枚岩になる必要もないのかもしれない。
非研究者としては少々残念な発言に感じたが・・・

ただ、
サイエンスコミュニケーションに関して言えば、
特に「社会―学術間」だけのものではなく、「学術―学術間」、「社会―社会間」でも使えるわけで、なにも科学者からみた「社会における、社会のため」だけのものではないと考えている。
たから、”付き合う”のではなく”活用”すればよいとは思うのだが、なんだかもったいない。

サイエンスコミュニケーションはやらなくはいけないものとして指示されているのだろうか。
だとしたらサイエンスコミュニケーションを推進する側にも問題があるのかもしれないな。

私としては
・研究や技術開発を円滑に進めるため。
・開発した成果を魅力的に伝えるため。
・技術を使いこなすため。
の一手段として使えないかと試行錯誤していて、
提供するサービスや社内の活動に組み込んだ形で使えればと思っている。

ベタに”サイエンスコミュニケーションをやりましょう”とはいうことはあまりない。
サイエンスコミュニケーション”という言葉を出した時点で、
なんだか社会貢献的な響きが強く出てきてしまって、余計な作業と認識され、
研究者や技術者のインセンティブが減少する感があるから。

サイエンスコミュニケーション的”な思想や手法を組み込んだ結果として、
まず研究や研究者自身が評価され、そのうえで、「社会における、社会のための科学」になっていければ良いと思うのだが、順番が逆だろうか。

”公”を求めるだけでなく、研究者の方の”私”を活かしてもらうことも大事かなと。

ブタペスト宣言や公にサイエンスコミュニケーション活動されている方たちから見ると、
かなり狭い考えかなぁ。

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2009/09/12 12:00 | サイエンスコミュニケーションCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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