「エクストリームDIY」は科学的リテラシーの伝達?

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秋葉原にある廃校を活用したアートスペース『3331 ARTS CYD

その開館記念展第一弾である「見る前に飛べ」をみてきた。

目当ては稲妻をバシンバシンさせながらテクノを奏でる『テスラコイル』を始めとした少々いかれた工作展示。

 「エクストリームDIY」by 中川基/萩野剛/鈴木ヒロシ


写真撮影不可だったため、展示内容はこの記事見た方が早い。

 >手作りのテスラコイルが電光を放ち、自作の30トンプレスが空き缶をぺしゃんこにする「エクストリームDIY」の世界(GigaZin)

テスタコイルの実演は言葉を失うほどの迫力。
でも、子供にはちと刺激が強すぎた。ビビってずーと足にしがみついてた。
下の子だったら確実に泣いていただろう。

他の展示もまぁこんなもの良く作ったね的。
MAKE』とか好きな人にはたまらないのではないかと。

3331(10).jpg


フライヤーの案内によると”科学的リテラシーの伝達”とある。

「3人はそれぞれ化学者、エンジニア、電子系学生であり、それぞれ自分のフィールドで興味深い「アイテム」を作っています。それは科学や技術を応用した作品というよりは、科学的リテラシーの伝達によって、私たちの生活に対する態度を変えてみようとする、ある種のゲームなのです。(文責:八谷和彦)」


確かに、メディアアートのような、技術的な部分が裏に隠されがちなアートな作品というよりは、

 ”こんなものが出来ちゃうんだぜ”

と科学の原理をダイレクトに、そして泥臭い技術力を前面に感じさせる作品。


科学リテラシーの伝達と言われると違う気がするが、
科学”的”リテラシーの伝達だとなんとなくそんな気がしてくる。

”的”をつけただけで教育的な教えられる感より自発的なワクワク遊び心が入るからだろうか。


科学技術コミュニケーションや科学リテラシーとか、
どうも”こうあるべき論”が先行して堅苦しい時がある。

一般市民目線だ、双方向性だ、創発だ、というものの、そこに届くまでに議論が疲弊しがち。
しっかりとした科学技術社会論ももちろん必要だけど。
本質を失わない程度に、ニセ科学とは別物として、もう少しゆるい、


科学技術”的”コミュニケーションや科学”的”リテラシー活動がもっとあってもいいのではないかな。


いかれた大人の工作に触れながら、そんなことを考えた休日。


<追記>

ちなみに彼らは趣味でやってるのかと思いきや、事業としてやってるのですね。

 >科学ショップ エニーワークス

いかれたいかした”ことを商売にできているなら凄いなぁ。

うちの会社はいかれたいかした”ことをしようとする人たちを支援する商売ではある。

</追記>


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