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『科学は誰のものか -社会の側から問い直す-』

科学は誰のものか

科学は誰のものか―社会の側から問い直す (生活人新書 328)


「科学なしでは解けないが、科学だけでは解けない問題」

について、

人々がどう折り合いをつけてきたか、
いま、どのような動きがあるのか、
そして、我々はこれからどうしたらよいのか、

自身の経験を交えながら、平易な言葉で筆者が語りかける。

本書は”STS(Science,Technology and Society 科学技術社会論)入門の決定版”
と銘打たれている通り、いままで読んだSTS関連本の中で一番読みやすかった。

先達の識者や筆者の試行錯誤の軌跡が、時代背景とともに時系列で解説されているためか、読みながら頭に浮かぶ「じゃどうすりゃいいの?」的な疑問や突っ込みが、ページを進めると「なるほど」に変わる。
たまにでてくる専門用語も適度な解説がはいっている。また、参考文献も豊富で、詳しく学びたい場合にはそちらを深堀すれば良いようになっているのが便利だ。


同種のテーマを扱った、他の一般向け書籍の中でも、
 『トランスサイエンスの時代
ほど堅苦しくなく、
 『科学技術は社会とどう共生するか
みたいに教科書的でもない。
また、
 『科学との正しいつきあい方
ほど、とんがってはいない。


新書サイズの手軽さもあって一気に読めてしまった。
それは筆者のスタンスに共感を覚えたからかもしれない。


筆者は、

トランスサイエンスな問題について答えを出していくのは、

 ”科学者でもなく、政治家でもなく、我々自身である”

としながらも、

 ”それに関わるのは、必ずしも義務ではない”

と言っている。


”現実の世界の問題を扱う科学にはいつも高い不確実性があるということ。科学知識の概念やロジックにも、テクノロジーの構成にも、社会が深く浸透しているということ。それゆえに、本当に問題になっているのは、科学では答えられない問題、答えてはいけない問題であり、答えを出すのは根本的には僕たちだということ-。(中略)もちろん、科学技術のガバナンスに関わることは義務なんかではない。世の中にも個人の人生にも、大事なことはほかにもたくさんある。(中略)そのなかで、ほかでもない科学技術に問題に関わってしまうのは、つきつめれば、人それぞれの「運命」の問題だ。(P194)”




その上で、関わることになった人に向けて、最初の一歩の踏み出し方を説いているのだ。


”要は、関わりたい人、関わらざるをえないと思ってしまった人たちが、それぞれのやりかたに関わればいい。(P194)”




この種の活動はどうしても”私が正しい””あなたもやりなさい”なぜわからない””なぜ伝わらない””理解しないあなたが悪い”的なオーラーを感じることが多いが、本書からはそれを感じない。



ただ、だからと言って、やりたい人だけやればよいと、投げだしているわけではなく、一歩を踏み出した人たち同士が共につながり「公共的ガバナンス空間」を拡げていくことで、「科学なしでは解けないが、科学だけでは解けない問題」の答えに少しづつでも辿り着けるよう提案している。



このへんは、

 >その席へどう着かせるか。

で書いた。身近な人を誘ってみる考えに近いのかもしれない。



結局のところ「今そこにある危機」が迫っていようとも、「合理的無知下」においては、当事者にならない限り人々は動かない。

だから、その当事者を増やすために(また、当事者と感じさせるために)はどうしたらいいかを考えていくことが大切なのではないだろうか。



関連エントリー

その席へどう着かせるか。
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2010/10/31 01:10 | サイエンスコミュニケーションCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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