科学技術コミュニケーションの評価に集合知

ジャッジ

 先日開催された科学コミュニケーション研究会東京支部勉強会。

 話題提供者は北海道大学の石村源生@gnsi_ismr氏。

 テーマは、

  『科学技術コミュニケーションと評価 ~評価の「外側」から考える~ 』

 科学技術コミュニケーションに関しては、その実践の「形態」や、実践活動が「どうあるべき」的な話題は良く耳にするが、「評価」について突っ込んだ話は珍しい。

 私自身、ここ何年か(狭義の科学技術コミュニケーションである)技術表現の評価方法を模索している。科学館の展示ディレクターのキャリアを持っている石村氏ならではの技術展示関係の評価の話を聞けるかなと期待して参加した。

 講演ではまず、多様性をもつ科学技術コミュニケーション活動を評価することの難しさについて解説。次に、そもそも「評価」とはなんであるか、またどういった評価フレームがあるのかという教科書的な話があり、最後に、科学技術コミュニケーション実践の評価手法の一案として、共有ウェブプラットフォーム構想の紹介があった。

 教育者でもある石村氏。科学技術コミュニケータのキャリアプランをも考慮に入れた科学技術コミュニケーション活動の持続的な発展を目的として、活動全般の評価を試みていた。
 
 予想していた内容より大きな枠での話ではあったが、参考になる話も多く有意義な会だった。


 講演資料についてはこちら
 


 ある活動を続けていくには、お金にしろ、労力にしろ、なにかしらの資源を誰かから得続けなくてはならない。
(これは直接的な投資だけではなく、家族の支えや、仲間の援助といった間接的な投資も含む)
資源を得るためには、資源提供者の理解が必要であり、理解のためには、判断基準となるなんらかの評価軸が求められる。


 石村氏の言葉を借りると、評価とは

 ・評価
  -ある対象の情報を、その対象に影響を与える意思決定において利用可能な情報に、変換する行為

 ・実践の評価
  -狭義には、実践の目的・目標がどの程度達成されたかを測定する行為
  -広義には、実践の情報を、実践に影響を与える意思決定において利用可能な情報に、変換する行為



 になる(P7)。

 この評価を、いつ、どこで、誰が、何を(誰を)、何のために、どのように、どれだけのコストをかけて実施するのか考える必要がある。
 しかしながら、扱う対象である科学技術自体が、何が良いことなのか基準がない上に、時と場合に応じて扱いも変わりうる。加えて、活動に関係するアクターも多様で複雑に絡みあう。

 だから評価は単純ではない。

 実際、私自身も評価マトリックスを作ろうとして、そのあまりの多次元さに何度も挫折している。

 石村氏が評価モデルの可能性を「広報」「教育」「ソーシャルマーケティング」の世界に探ったように、
私は「展示」「イベント」「小売」や「政策」「研究開発」の業界に求めて試行錯誤してきた。

 参考にした業界は違えど、紹介されたいくつかの評価構造は既視感あり、やっぱりそうなるよね的なものも多く、自分が検討してきたこともあながち外れていなかったのだなと、いままでの調査を振り返りつつ聞いていた。

 結局のところ、評価する方/される方、評価する場所/タイミング、多種多様な条件下では、評価自体も多重構造にならざるを得ない(P44)と言う整理はとても腑に落ちた。


 じゃ。複雑に入り組んだ多重構造の評価をどうすれば良いのか。


 石村氏は、多様性を持たせたままで科学技術コミュニケーション活動実績とその評価データを集積し、評価を集合知として活用する考えを提示していた(P54)。
 (私は、評価可能な単位にまで分解し、個別パターンに応じた評価軸を積み上げるアプローチで進めていた)

 そして集合知の構築のために「実践の構造的記述」と「記述を集めるウェブプラットフォーム」が必要だと説く。

 概念的な話で、具体的なシステムに落とすにはまだまだ検討しなくてはいけないことは多そうだが、考え方としては面白い。
 
 ”「みんなの意見」は案外正しい

に近い視点なのだろうか。

 複雑なものは複雑なままソーシャルに委ねてしまう考え方は新鮮だった。


 技術表現の評価方法に活かせるかどうかは微妙ではあるが、
 ちょうど、サイエンスコミュニケーションネットワーク横串会で、提案して(手をつけていない)いる、『ウェブを活用した会員活動の可視化』に評価の仕組みを入れると同じようなことができるかもしれないなと思ったり。

 
 この先、世の中が複雑になればなるほど、特定の人の評価ではなく、どこかの誰かの評価の集合知が重要視されていく。オントロジーやセマンティックウェブ、ソーシャルマーケティング、などなど声を拾い上げる技術も進む。
 逆をいえば、発信しなければ、想いがどこにも届かなくなる恐れもあるということ。

 科学技術コミュニケーターは、専門家の声、一般の声、双方の声を社会に届ける重要な位置にいる。
 だからこそ、効果的な発声方法(表現方法)はますます必要になってくるんじゃないかな。
  
 じゃ、その効果の評価は?で、振り出しに戻る・・・。


<追記>

 勉強会では「実践の構造的記述」のイメージがつかめなかったが、調べてみたら別の発表資料を発見。
 
 
 想像していたより、深ーいお考えのようだ。楽天とかGoogleのエンジニアならいけるのではないだろうか。

</追記>


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2011.02.06 11:19 Science and Communication

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